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東京地方裁判所 平成7年(ワ)15190号 判決 1996年3月19日

原告 宗教法人円応寺

右代表者代表役員 服部崇昭

右訴訟代理人弁護士 小林秀正

渡邊幸博

被告 株式会社ワタナベ

右代表者代表取締役 渡邊貞英

被告 サクラファイナンス代表こと 小山光男

右訴訟代理人弁護士 笹浪恒弘

笹浪雅義

被告 東京都

右代表者知事 青島幸男

右指定代理人 石澤泰彦

伊藤一夫

被告 永信商事株式会社

右代表者代表取締役 篠崎信吉

右訴訟代理人弁護士 萩秀雄

主文

一  原告と被告らとの間において、原告が別紙供託金目録≪省略≫記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

一  証拠(≪省略≫、原告代表者本人)によれば、請求原因1の事実が認められ(原告と被告ワタナベとの間においては争いがない。)、同2ないし4の各事実は当事者間に争いがない。そして、被告らが、本件供託金について原告が還付請求権を有していることを争っていることは、その主張自体から明らかである。

以上の事実によれば、原告の被告ワタナベ及び被告永信商事に対する請求は理由がある。

二  被告東京都及び被告小山は、本件保証金返還請求権には譲渡禁止の特約があるとして、原告への譲渡の効力を争うところ、同被告らの抗弁1の事実(以下「本件譲渡禁止特約」という。)は、原告と同被告らとの間に争いがないから、原告が右譲渡禁止の特約の存在を知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで、本件保証金返還請求権の譲渡を受けたときは、その効力を生じない。証拠(≪省略≫、原告及び被告ワタナベ代表者)によれば、原告は、首都圏開教のため新潟市所在の境内地を処分して肩書住所地に移転し、被告ワタナベの代表者渡邊貞英に新しい境内地の用地買受けを依頼していたが、同人から金銭借用の依頼を受け、境内地の処分代金のうち二億円を被告ワタナベに貸与したこと、しかし、被告ワタナベは本件貸金を弁済期に返済せず、原告はその回収に苦慮していたところ、被告ワタナベから本件貸金の支払のため保証金返還請求権を譲渡する旨の申出を受けたので、その譲渡手続のすべてを原告代理人である小林弁護士に依頼したこと、小林弁護士は、譲渡を受けるべき本件保証金返還請求権の内容を確かめるため、渡邊貞英に対し、賃貸借契約書の提示を求め、同人からその写しを見せてもらったこと、右契約書には本件譲渡禁止特約が記載されていたこと、次いで、小林弁護士は、平成五年八月一九日、渡邊貞英を事務所に呼び、予め同弁護士が作成した本件保証金返還請求権一億一四二四万五〇〇〇円を被告ワタナベから原告に譲渡する旨の記載がある「債権譲渡通知書」(≪証拠省略≫)の末尾に押印することを求め、渡邊貞英は同弁護士の面前でこれに押印したことを認めることができ、原告代表者本人尋問の結果中、賃貸借契約書写しの交付を受けていない旨の部分は、その供述自体あいまいであるうえ、賃貸借契約書若しくはその写しも見ないで、譲渡を受けるべき本件保証金返還請求権の金額等を特定することは困難であり、被告ワタナベ代表者渡邊貞英が小林弁護士にいわれるがままに、具体的な金額の記載がある右債権譲渡通知書に押印することは不自然であるから、右供述部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によると、原告は、本件保証金返還請求権につき、本件譲渡禁止特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、賃貸借契約書の写しを読めば、その記載から本件保証金返還請求権に譲渡禁止特約が存在することを容易に予見することができるから、清水企画に対し確認すべきであったものであり、これを怠り右特約の存在を知らないことにつき重大な過失があったというべきである。

三  そこで、原告の再抗弁について検討する。

1  証拠(≪省略≫、原告代表者本人)によれば、清水企画は、平成六年六月二一日、確定日付のある書面により、原告への譲渡につき承諾し、本件保証金返還請求権のうち五〇〇四万一五〇〇円を原告に支払う旨約束したことが認められる。

2  ところで、譲渡禁止特約のある指名債権の譲受人が、右特約の存在することを知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで譲り受け、右譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備した場合において、債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時に遡って有効となるが(最高裁昭和五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)、その対抗力は、譲渡の時まで遡るのではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるものと解すべきである。したがって、右譲受人は、右譲渡の時から承諾時の間に、右債権につき譲渡を受け又は差し押さえる等をし、かつ、第三者に対する対抗要件を具備するに至った利害関係人に対しては、対抗することができないが、右利害関係人が右譲渡禁止特約の存在することを知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで譲り受けた場合には、右利害関係人に対する債権譲渡もその効力を生じないのであるから、譲受人は、右承諾を得たことにより、右利害関係人に対して、自己に対する債権譲渡の効力を主張することができるものというべきである。

これを本件についてみると、原告が清水企画から本件保証金返還請求権の承諾を得たのは、平成六年六月二一日であるところ、被告小山への債権譲渡通知がなされたのはこれに先立つ平成五年一二月三〇日であるが、被告東京都の滞納処分による差押えがなされたのは右承諾より後である平成六年八月二〇日であるから、原告は、被告東京都に対して、本件保証金返還請求権の譲渡を対抗することができることが明らかである。

3  そこで、被告小山の悪意又は重過失の有無につき検討するに、証拠(≪省略≫、被告ワタナベ代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告小山は金融業を営み、平成五年一〇月、被告ワタナベに対し、一億五〇〇〇万円を弁済期同年一一月末日と定めて貸し付けたところ、被告ワタナベは弁済期に右元利金を返済しなかったので、被告小山は、被告ワタナベから本件保証金返還請求権の譲渡通知をするための書面を徴し、右書面により清水企画に対し、本件保証金返還請求権のうち八九七〇万八八五〇円につき被告小山に譲渡された旨の通知をしたことが認められる。

右事実によれば、貸室の賃貸借契約においては、保証金返還請求権につき譲渡禁止の特約がなされるのが通常であり、とくに被告小山のような金融業を営む者には周知の事実であって、右譲渡通知の書面記載の金額からすると、被告小山は、本件保証金返還請求権の譲渡を受けるに当たり、被告ワタナベから賃貸借契約書ないしその写しを見せられていたと推認されるから、被告小山は、本件保証金返還請求権につき、本件譲渡禁止特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、被告小山の職業及び経験や賃貸借契約における保証金預託の性質に鑑み、被告小山は、本件保証金返還請求権に譲渡禁止特約が存在することを容易に予見することができるから、被告ワタナベから賃貸借契約書を入手し若しくは清水企画に対し譲渡禁止の特約の有無について確認すべきであったものであり、これを怠り右特約の存在を知らないことに重大な過失があったものというべきである。そうすると、原告は被告小山に対しても、本件保証金返還請求権譲渡の効力をその承諾時に遡って対抗することができるというべきである。

四  以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 長野益三)

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